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「おめでとう、ミル」
あたりはあの暗闇に包まれていた。僕と化け物は一言も喋らず、ただお互いを視界に入れながら、その闇の先を見続けていた。脈絡のないバラバラの沈黙は、僕に居心地の悪さを感じさせた。
何故、僕は再び闇の中にいるのだろう。相変わらず夢というにはあまりにも実体を持ちすぎている。虚構ではなく、実在する闇に僕は身を置いている。置かれている。そういう感覚があった。何か今までと違うところがあるとすれば、それは僕が“人間”として、あるいは“彼女”として、この暗闇に存在していることだった。そして、僕はこの闇における当事者であるのだ。
一様に僕らは黙り続けた。どれくらいの時間が経ったかは分からない。けれど、僕はとことん付き合ってやろうと思った。じっと待つ。それさえできれば、どんな波も過ぎ去っていく。僕がちょうど人形だったころ、唯一得た教訓だ。喋らなければ、手を伸ばさなければ、期待しなければ、生き延びていける。そんな生に意味があるのかと言われたら、それはまた別の話だ。起きたことはただ後ろに流れていき、いずれ忘れ、無かったことになる。すべては静謐に満ちていた。
「久しぶり」と彼女が言う。いや、正確には化け物が言ったのだろう。今なら分かる。でも、とにかくそれは彼女だった。
「私のこと、覚えてる?」と彼女が優しく微笑みながら言う。懐かしい表情だった。
「覚えてるよ」と僕も微笑みながら答える。そして、たまらなく惨めな気持ちになる。
「私を恨んでいるかしら?」
「いや」と僕は首を振った。「初めからこうなることは決まっていたんだ。そのレールを僕らは丁寧になぞっていたんだよ。起きたことは全部決まっていたことなんだ。それは怠慢でも間違いでもない。こんな言い方はあんまりかもしれない。でも誰が何と言おうと、余すことなく皆必死なんだ。それだけは本当に一緒なんだ。君がいなくなってから、僕はそれを学んだんだよ。」
「ありがとう」と彼女が言った。「もう帰った方がいいわ。元気でね」
「さようなら」と僕は言う。「お大事に」
次に目を覚ましたとき、僕は“人間”にも“人形”にもなれるようになっていた。彼女が残した最期の祝福だった。その瞬間に、ようやく僕は今日この日が自分の誕生日であることに気が付いた。僕は一人ぼっちの部屋の中でにっこりと笑ってみせて、そのあとに少しだけ泣いた。二月の静かな土曜日だった。