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「ごめんね。ミルはそんなことしないもんね」
僕は彼女に出された昼食の牛乳をごくごくと半分くらい飲んだ。温いし水みたいに薄い。患者へ出されるものは皆こうなのだろうか。あるいは、彼女の身体が弱っていると判断されてのことかもしれない。そんなことを思いながら、僕は美味しそうな顔をつくってその牛乳を飲み干した。
「もう何を飲んでも食べても味がしないのよ」と彼女は単純に言った。そう聞こえた気がした。「絵の具みたいよ、それ」
彼女は頬杖をつきながらとろんとした目で僕を見ている。僕は彼女の視線を頬に感じながら、窓の外を眺めていた。淡々とした白と灰の雲が空を覆っている。僕もどこかに視線を固定したかったけれど、視るものなんて何もなかった。現実じゃないみたいだ、と僕は思った。でも現実だった。
僕は飲み干した牛乳のパックをサイドテーブルに置いて、よし動こう、と思った。でも駄目だった。どこかの神経を抜き取られた蛙のように、指が情けなくピクピクと動くだけだった。僕はちょうど彼女に巣食っていた化け物のことを思い出した。彼女の血に滲んだ細くて小さな指を。赤黒く変色した糸のことを思い出した。でも、僕を手繰ってくれるものはどこにもなかった。
数週間前まで、僕は確かに人形だった。人形の僕を彼女は常にそばに置いた。僕に話しかけることもあれば、泣きながら抱きしめることもあった。
「ごめんなさい。ごめんなさい」と嗚咽を漏らしながら、彼女は繰り返し僕にそう言った。その時だけ、彼女は化け物の支配から逃れられるように見えた。ただの十二歳の少女だった。
彼女は何に謝っているんだろう。彼女は僕を通して“僕を含む”誰かに謝っているようだった。彼女は自分一人を抱えて生きていくだけで精一杯なのだ。化け物のほうも、彼女がただの人形を前に独り言を呟くことには、特に関心がないみたいだった。彼女としても僕にとっても、それは好都合なことだった。と同時に、僕をたまらなく苛立たせた。