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「ゆっくりとおやすみ、ミル」
それが眠るときのお約束だった。彼女は僕の着ている白衣を脱がして、それを掛け布団のように頭から被せた。僕が人形の時から続けられている日課のようなものだった。視界が真っ白な布によって黒く閉ざされるその時だけ、僕は造り物の平静を取り戻すことができた。
「お大事に」とささやくより少しだけ大きな声で彼女が言った。「お医者さんは最後に必ずこう言うの。おまじないみたいに」
目を開ける。鏡に映った赤紫色の瞳がこちらをじっと見つめていた。あるいは、その瞳は何も見てはいないのかもしれない。ちょうど彼女がしていたような、平板で奥行きのない視線。たまらずに僕はもう一度その瞳を瞼に押し込んだ。目を閉じたって何も変わらない。そんなことは分かっている。ただ、閉じずにはいられなかっただけだ。
僕は暗闇に安息を求めた。それでも、この昂った気持ちに変化はなかった。むしろ、何かに見られているような、奇妙な既視感のようなものを感じた。目を閉じてもなお、僕は視られ続けていた。これは夢ではない。夢の続きに戻れないことは感覚として分かっていた。その視線は、現実に起こっていることではないが、『現実に在る』ものだった。暗闇に居続けるには、この視線と相対するしかなさそうだった。僕はそれがどのような存在であろうと、現実でないことに意識を集中できるのなら何でもよかった。しかし、僕はこの視線を知っている。嫌な予感がする。今すぐ逃げ出せと体が命令を発している。従うべきだ。簡単なことだ。目を開ければそれで済む話だ。早くしなければ取り返しのつかないことになる。そろそろ潮時だ。僕は“この体での時間”を始めなければならない。微かに音が聞こえる。声だ。何者かが僕に向かって声を発している。知っている。僕はこの声の主を知っている。ただ、彼女じゃない。彼女はもうどこにもいない。
「返して」と聞こえた気がした。それと同時に、どこからか垂れてきた糸のようなものが僕を縛り上げた。その声は何の感情も含んでいないように聞こえた。虚空にぽつんとたたずむ、薄っぺらい壁を叩いた時のような、そんな孤独を含んだ虚ろな音の響き方だった。そうして、僕は初めて彼女に巣食っていた化け物と繋がれた。